保護者の橘さん











とある帰りに、橘は神尾を呼び止めた。

神尾は橘の方を振り向くと、返事をした。

「神尾、突然で悪いが、明日暇か?」

「別に用事はないですけど・・・」

橘は笑みをこぼして、ポケットからチケットを取り出した。

「映画のチケットを貰ったんだが、一緒に行かないか?」

それは先日公開したばかりの新作で、ハードアクションもの。

テレビでのCMで神尾は面白そうと思っていた映画だった。

機を逃し、まだ見ていない。

当然、神尾の表情が変わり、テンションが上がる。

「橘さん、これどうしたんですか!!!」

チケットを橘の手から取り上げると神尾はそう言った。

「俺、すごく見たいと思ったんですよ!!絶対に行きたいですよ!!!」

神尾の急に上がったテンションに橘は慣れているとはいえ、少しびっくりしながらも

神尾とのデートにこぎつけたのだ。

明日は橘の誕生日で、自分の誕生日には片思いでも好きな人と一緒にいたいと思っていた。

それで、神尾の好きそうな映画をチョイスしてこっそりとチケットを買っていた。

地味な努力をしている橘ではあった。

むろん、橘は神尾のことが好きだった。後輩として、個人として、同性として。

しかし、神尾の親友の伊武も神尾が好きだということも知っていた。

2人とも結局は片思いではあったが、明日の誕生日には邪魔されたくはない。

神尾を好き同士のライバルとして、明日は譲りたくなかった。


神尾がはしゃいでいると、伊武が2人の会話を気にしてか、やってきた。

伊武は橘さんの前に来ると、ぼそっとつぶやいた。

「・・・橘さん、明日誕生日ですよね。
多分、いや絶対に明日会えないですから、今プレゼント渡しますね」

伊武はそういって、橘にプレゼントを渡す。

橘はありがとう、とお礼を言いながら、

「悪いな、深司」

少し離れたところでチケットを見て、喜ぶ神尾を見た。

伊武も橘と同じものを見つめ、

「悪いと思ってるなら、諦めてくださいよ」

そうつぶやいた。

「まぁ、いいや。選ぶのはアキラだし、誕生日だから仕方ないかな・・・。
あ、アキラの誕生日は俺に譲ってくれるといいなぁ〜・・・」

もはや橘に話しているのか、一人ぼやいているのか分からない伊武に橘は苦笑いをこぼす。

「アキラ、帰ろう」

伊武と神尾は橘に挨拶をして、その場を後にした。

「選ぶのは神尾か・・・確かにそうだな」

橘は2人を見送りながら、伊武の言葉を無意識につぶやいていた。








翌日。

駅前の待ち合わせスポットにラフな格好の橘が立つ。

約束の時間よりもいくらか早い。

神尾とデートが出来る(あくまでも橘の一方的な想い)のを楽しみにしすぎて、

あまり眠れていなかった。

しばらくして、神尾が走ってきた。

神尾も夏らしいラフなスタイルで帽子をかぶっている。

「橘さん、待ちました?」

「いや、今来たところだ」

さりげなくそういう。

神尾はホッと一息つく。

挨拶はそこそこで切り上げ、映画館に向かう。

向かう途中にも神尾が積極的に話しかける。

それに対して橘は所々相づちを打ちながら聞く。

映画館に入っても、神尾のおしゃべりは続き、

今日見る映画のグッズコーナーでもすげーとかいいな。とかの声を上げながら端から見る。

その様子を橘は笑みをこぼして見ている。

「神尾、そろそろ時間だぞ」

橘に言われ、名残惜しそうに神尾は橘の元へと戻る。

「いくぞ」

上映間近のせいか、人の流れが多い。

橘は神尾の手をとり、はぐれない様に引っ張っていく。

もはや、保護者のようだ。

神尾はそんな橘を慕っている。

頼りになる兄のようで、一緒にいると楽しいし、安心するのだ。

上映中、神尾は映画に興奮し、拳を握ったり、ガッツポーズをしたりしている。

橘は神尾の笑顔を見れて、嬉しかった。

映画が終わり、スタッフロールが流れると、神尾はふと橘の方を見た。

橘はスクリーンを向いていた。

整った、橘の横顔が目の前にある。

いつも見慣れているはずの橘の顔なのだが、何故かジッと見つめた。

『橘さんって、かっこいいよな。もし俺が女子なら、橘さんを絶対に彼氏にするのに』

そんなことを思いつつ、いつしか視線は彼の唇に移行していた。

普段ならあまり意識はしないのだが、見ているうちに、その唇の柔らかさが気になった。

『橘さんみたく優しくて柔らかいのかな』

そんなことを考えていた。

「神尾、どうした?」

気がつくと店内は明るくなっており、橘が心配そうに声をかけてきた。

現実に戻った神尾は驚いて、いや、何でもないですよ。と焦りながら取り繕った。

「そうか。そろそろ出るか」

橘と神尾は映画館をでるが、神尾はグッズ売り場をもう一度みたいといった。

橘は神尾がいいな〜といっていた携帯ストラップを気にせずにレジへと持っていく。

袋に入れてもらい、受け取ったソレをそのまま神尾に渡した。

「え、橘さん・・・これ?」

「少し早いが、誕生日プレゼントだ」

本当はただ、プレゼントしたくなっただけだが

神尾が遠慮するので、そうごまかした。

「ありがとうございます、橘さん」

神尾は観たかった映画もみれて、プレゼントも貰ってかなりうれしくなった。

2人はそのまま、映画館をでて、遅めのランチを取った。

ランチといっても行きつけのバーガーショップである。

通常よりも1.5倍大きく、味もそこそこで部活帰りにみんなで食べに来ることが多い。

2階の端の席に座り、二人はハンバーガーをほお張る。

「橘さんは何を頼んだんです?」

神尾はそう言った。

「ん、俺は和風チキンカツだな」

「へえ、俺、まだ食べたことない」

「神尾は?」

食べながら、橘も聞き返す。

「俺はダブルチーズですよ」

神尾も口にほお張っている。

「少し味見してみるか?」

橘は食べかけを神尾に差し出す。

神尾はやったー。と小さい声でつぶやくと、そのままカブリと一口食べた。

「和風もおいしいですね」

だろ?と橘は笑みをこぼした。

神尾は自分の食べたあとを橘が食べているのをみて、一瞬、間接キスだ。

そう思った。

普段なら何ともないことではあるが、今日は映画館の時といい、

橘さんを意識しすぎているようだ。

『・・・今日マジやばいぜ・・・』

そんなことを思いつつ、橘さんに気づかれないように振舞っていた。

バーガーショップを出て、橘は神尾の手を突然引っ張ると路地裏へと導いた。

壁を背にした神尾は間近にある橘の顔がまともにみれなかった。

「神尾、どうかしたのか。さっきから様子がおかしいぞ」

「いや、そんなことないですよ・・・」

とはいったものの、神尾の心音は自身の耳にうるさいくらい入ってくる。

まるで運動をした後みたいだ。

「熱があるんじゃないのか?」

神尾のそんな状況など知らない橘はボケたことを言ってくる。

ないですよ。と言おうとしたとき、橘のおでこが神尾のおでこに重なる。

すぐ目の前に橘の唇が飛び込んできた。

ドキドキと心拍数が一気に上がり、身体が熱くなっている気がする。

どうしよう。

「ん、熱はなさそうだが・・・」

おでこが離れると、少し名残惜しい気もしたが、ホッと安堵した。

が、橘は容赦なく心配してくる。

手を頬に当てて、顔の熱さを確かめる。

橘の大きな手が優しく触れ、神尾は無意識にビクッと震わせた。

「神尾・・・?」

神尾の体温は上昇し、身体が熱い。

今日はおかしい。

そう思いながら、ドキドキする鼓動は大きくなりやむことはなかった。


橘にしてみれば、後輩であり、片思いの相手である。

自分の気持ちを気づかれないように振舞っているが、心中穏やかではなかった。

好いてる人にキスをしたいと思うのは当然だったが、

無理矢理するのは嫌だという思いもある。

しかし、今日の神尾は少し様子が変だった。

時々上の空だったりと、心配させなまいと振舞ってはいたが、

そこはいつも部長である。少しの変化も見逃さなかった。

熱はなさそうなものの、目の前の神尾の少しトロンとした顔に橘は目を奪われる。

思わず、愛しいと思ってしまう。

「神尾・・・」

一言つぶやいてから、橘は吸い込まれるように神尾に口付けていた。

神尾は一瞬、何が起こっているのかまったくわからなかった。

体が熱をもち、悩んでいたとき、目の前が暗くなった。

唇に柔らかく、甘い感触が伝わった。

『やっぱり、柔らかいな・・・』

それが橘の唇とわかると、神尾は違和感もなく、そう思った。

橘の唇は今までの我慢していたものを吐き出すように、

神尾の唇を甘噛みし、吸い付きながら、重ねあわせる。

「んン・・・た、橘・・・さん・・・」

体の火照りと熱を帯びてくる体に、反応する自分自身。

これ以上されたら、どうしようもない。

神尾は止めようと橘を押し返した。

名残惜しそうに2人の唇が離れると、橘は意識が戻ったように、すまん。と謝るが、

火が点いてしまった体を抑えることはできなかった。


「神尾・・・悪いな・・・」

橘は申し訳なさそうに言葉に出す。

その彼の手には神尾のあふれ出した自分自身。

キュッと握りながら、優しく、時には荒く動かす。

その度に神尾は押し殺しながら、声を漏らす。

それが可愛くて、橘も体が震えてくる。

「まさか、神尾がキスだけでこうなるとは・・・思わなかった」

耳元でささやけば、それすらも悦の一つとなる。

「ぁ、橘さ・・・ん・・・じらさないで・・・」

早く、解放したい神尾だったが、橘はそれをじらしていく。

もう少し、見ていたいから。

恋人同士にならなければ、決してみせない神尾の顔。

片思いの橘にとっては、至福の時だった。

それが、神尾の処理だけだとしても。

「神尾・・・」

橘はつぶやき、その手で神尾を頂点まで達してやる。

神尾は体をふるっと震わせると、橘の名前を呼んだ。

その同じ瞬間、橘も神尾の名を呼んだ。





壁にもたれ掛かり、橘に支えられた神尾は脱力感に襲われていた。

「・・・橘さん・・・何か今日は・・・すいません・・・」

こんなことになるとは思わず、神尾も橘さんに申し訳ないと思った。

「・・・いや・・・俺の方こそ・・・その・・・」

途中で恥ずかしくなったのか、橘は語尾を濁らせた。

気まずい雰囲気の中、橘は神尾の手をとり、

「神尾、まだ時間はあるだろ、行こう」

「え、行くってどこへですか?」

「お前の好きなところだ」


2人はそのまま、街中へと消えていった。






後日談


「ねぇ、昨日は楽しかった?」

伊武が休み時間、そう行ってきた。

「あぁ、映画もカラオケも行ったし・・・」

「え、それってアキラの好きなところばっかじゃん・・・」

伊武は笑顔で話す神尾に溜息をもらした。

「橘さんの誕生日っていうのは知ってた?」

伊武のその言葉に神尾は思わず声をだした。

「マジ!!」

そのまま、飛び出していった。

「何だか苦労してるな、橘さんも・・・」

伊武は静かにつぶやいた。




おわり